気分屋ではいられない


気分について考えてみたいと思います^^


人は感情の生き物です。
また生まれ落ちてから様々な経験をして、痛みや喜び、悲しみを感じて生きています。
だからこそすべてを受け入れる時期を得て、今度は意志を持ち、感情を持ちこうして生きています。


人は成長をすると個性を持ちます。
個性を持つという事は自分を持ちます。
自分を持つという事は自我を持つという事でもあります。
自我は良いも悪いもありません。


その自我は人に対して影響を及ぼすというのが正解です。
その自我が人に対して良いものか悪いものかのジャッジは自分にありません。
すべてそれを受けた人にジャッジされます。


時として自分の意志を通そうとする為に争う事もあります。
そして自分の事ばかりが頭を支配し、人に迷惑をかけ、押し付けてしまう事もあります。


私はよく相談者さんでも周りにいる人でも気分屋の人に会います。
気分屋の人というのは人の意志を考えられないのではありません。
ただ考える力が自分よりになり、人の事を考える思考が鈍ります(^^;


これは個性です。
ですが気分屋である事は、自分だけではなく人に対して不快な思いをさせます。


たくさんの人が同じ地球の中で生きています。
その中で自分だけが生きている訳ではありません。


たくさんの人が一斉に自分の気分屋や自我だけを発揮したら大変な事となります(^^;
それが地球と言う大規模になれば戦争となります。
また小さい規模だとしても家族や学校、仲間や友達に嫌な印象を与えます。
争うという事は傷を負います。
自分の気分で人を傷つけたりしてはなりません。


幼い頃に祖母に言われました。


「人を傷つけてはいけない。人を傷つければいつか自分も同じ事をされるのよ。」
「人の悪口を言ってはならない。人を悪く言えばその文句はいつか自分に返る。」


私はとても気分の波が激しい子供でした。
自分の感情で母を罵倒したりしました。
ですが母はそこから逃げませんでした。
私の感情に向き合ってくれました。
きっとだからこそ今の私があるのでしょう。


祖母は私にいつも厳しく接しました。
私には鬼に見えていました。
祖母は私の将来にとても敏感でした。
祖母の妹も私に厳しく接しました。


最近亡くなった祖母は生前、私に言いました。


「人を導く、神様のお手伝いをさせて頂いているのだとしたら光栄。
人はみな平等で同じ人間である事を忘れてはならない。
あなたは何をしていても神様に見られているから善人でなければならないのよ。素直でいなさい。」


と言われました。


ですがうるさいと思ったその言葉の意味を、私は後で知ることになりその思いを熟考する事になります。
それが今の私を保たせてくれています。


私は幼い頃から「神様は見ている」 と思っています。
見えてないからこそそれは真実だと確信があります。


気分の波が人を不快にさせるのならばその気分の波を捨てましょう。
気分屋さんで悩んでいる人もいるでしょう。
そのときには必ず一呼吸してください^^
そして文句を言う前に何かを吐き出しそうになる前に、周りの状況や環境を読んでください。


なぜ気分が悪くなったのか?
なぜ機嫌が悪いのか?
なぜ不愉快を感じたのか?
なぜその気分を表そうとしているのか?
なぜそれを形にする必要があるのか?
自分に問うてください^^
必ず収まります^^


必ずどこかにトリガーとなる糸があります^^
その糸を少し冷静に紐解く事を覚えることが出来ればいいだけです^^


生き方はコツです(^^)
気分屋は損をします^^
だとしたらやめましょうヽ(*^^*)ノ