しつも~ん「カルマが怖い」


★カルマが怖い
★過去生が怖い
★課題や業が怖い



おっしゃられる方はいます。


ですが必要以上に怖がることはありません。


カルマ、業を持たない人はまずいません。


誰にでも魂に歴史はあり
何かしらの業やカルマは持つものです。


それが重い軽いと
たまに脅かしてしまう方も
いるようですが
人はそれでも
生きなければなりません。


だとすれば重いとか
軽いと言うのは
問題ではないと言う事です。


わかりやすく言います。


殺人や戦争に
重いとか軽いがないのと同じ。


人間が生きて行く上で
重いか軽いよりも
思いやったか・・・思ったか
思いをかけたか・・・大事にしたか
など


あなたが何を感じ
何を発し
何を愛し慈しんだか・・・


私はその方が大事であると感じます。


それらの愛のすべては
どんなに重いカルマや業も
解き放って光と浄化することでしょう。


命の重い軽いを語るのは
神様の審判をするのと等しい。


命はみな尊いと知るべきであり
その職業や身なり
地位や権力で重さは変わりません。


カルマと言うのは
歴史の地図のようなもので
魂が
今までの歩みの中で経験したもの。


それは良い悪いにジャッジせず
それはこれからも歩むであろう


未来の為に現在地をしっかり刻み
過去があったと言うことを
知るべくして
認知する言葉の表し方が


「カルマや業」と言ったものに
変化した言い方なのであると感じます。


では
カルマが重い方はどうすればいい?
カルマが軽い人は気にしない?
そういう問題ではありません。


先ほどの例のように
罪の問題や罪の方法ではありません。


カルマに関して言えば
重いカルマを持つ方が
善行をしないで
生きたとは思えない。


カルマが軽いから
善行を行わずとも構わない。


これも違うと言う事です。
カルマは恐れるものではありません。


神様に委ねればいい^^
と私は常に思います。


「あなたのカルマは・・・」と
言われて困ったら
あなたは少しハッキリ言うのです。


「そうですか^^ならば善を意識して生きます」と^^


あなたに重いカルマを植えつけて
脅かす方が重いと思いませんか?


神様はどんな行いでも
どんな事でもすべて知っています^^
見えてないからいい。


わからないからいい
と言うことはありません。