あなたが考えるシリーズ「人間関係」


今日は大きく人間関係に
触れたいなと思います。


ひとことで人間関係は言い表せないのですが
ひとことで言うのならば
思いやりのひとことです。


この思いやりが欠ける事は
すべての配慮に欠け自分だけに
偏るという事に尽きると思います。


人は誰しも押しつけは嫌なものです。
押し付けと思いやりは全然違います。


ですがよく耳にする言葉があります。


「あれだけしてあげたのに」
「ここまで手伝ってあげたのに」
「何様だと思ってるの」
「何もなしなの?」
「ひとことくらいあるんじゃない」


などなど・・・


これはすべて見返りまたは返礼などを
希望するときの言葉です。


返礼とまでは言わないのかも
知れないのですが
どうも見返り、お返しの気持ちが
強く感じます。


思いやりとは自らの中から
自然と振る舞える思いであり
そこから何かを求めないものです。


ですが
○○したんだから
普通はあるでしょ~


礼儀知らないわよね~


などと言うのは醜いものです・・・。
何ともなんとも・・・・(^^;;;


人間関係といえば相互関係ですが
思いやりをひとつ足すだけで
それは十分に満たされるものなのでは。


例えば相手が常識の無い
礼儀も知らない
無知、恩知らずとどう考えても
何も出ない人に対して
どうしてそれを求めるのでしょうか?


だとしたら
何か知恵を与えてあげるとか
こういうときにはこうする方が
今後のあなたの為ですよ^^って
教えて差し上げることが出来れば
それはあなたがではなく
相手にとって良い事を提案する。


と、言うのが本来ではないですか?^^


少なくともあなたが不愉快や理不尽を感じて
その相手に対して愚痴や不平不満を言うよりも


あなたは一歩先人となり
相手の為に言葉をかけて
あげられるのが素敵なのではないかと
私は常々感じずにはいられません。


人はまたそうして成長します。


昔は確かに
隣の人や近い人に
常識やモラルを注意されたものです。


今では言えば問題が起きたりしますが
それが正解だとも思えません。


機微を読むと言うこともありますが
その機微で殺人が起きる時代です。


心ありきの世界は無くなったのではなく
人が人を煩わしいと思う事が多くなり
とても冷たい社会が出来つつある事も
確かなのかも知れません。


ですがその反対で
暖かいものを重んじる人もたくさんいます。
熱い、暖かいものが流れてこそ人です。


人間関係は
人が切っても切れぬものです。


思いやり のひとつが育てはいいだけです。


その為に自分が何か出来るのかを
もう1回考える必要があるべきかも知れません。